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2018-10

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ふじこ

 すっかりご無沙汰してしまいましたが、季節は秋になったり、ちょっと夏に戻ってみたり。これでは生き物たちもどうしていいか分からなくなってしまいますよね。そんなこの秋、ちょっと季節を間違った生き物に出会ってしまいました。
 今年、12年たった我が家は屋根の塗り替えをしました。正直、瓦ではないので、取り替える必要なんてないと思っていました(汗)。ところがこの冬、たまたま屋根を見た大工さんをやっている友人のだんなさんに、そろそろ塗り替えしないと後になればなるほどお金がかかると言われ、ガーンとなりましたが、余計かかるというところに決心してお願いしました。そしてその作業の際、上に上がるためにジャックと豆の木になっていた藤のつるを切ったところ、中からハトの巣が出てきたのです。
 私は鳥がとても苦手で、特にハトやにわとりがだめなのですが、即取ってもらいたいと思ったところ、中に卵があると聞いてさすがにあきらめました。つるがなくなり、すっかり丸見えになってしまった巣の中にはハトが座っており、私のことをガン見しています。というか、卵を守るため、丸見えになってしまった彼女は、周りの警備により気を使わなくてはいけなくなってしまったのです。特に周りはカラスがしょっちゅうやってくる危険地帯。ハトはかなり注意しないといけないわけです。
 最初は困ったもんだと思っていた私も、お母さんとして頑張っているハトを見ると、怖いながらも仕方ないなという気持ちになりました。嫌々ながらも、やはり同じ女として、生き物として彼女を守る必要があるので、少しでも前向き(?)に見守るために、彼女に「ふじこ」という名前をつけました。ふじこはキジバトのようなのですが、体が小さく、ちょっと独り身で守るにはかなり不利でした。1週間近く、嫌々ながらも見守っていましたが、まれに姿が見えないと心配になったりして、あら私も意外に...と変わってきていました。
 ところが発見して1週間、朝から留守だったふじこは、とうとう帰ってこず、お友達のご主人が確認すると卵がなくなっていたそうです。そしてその後、公園で用をたした彼は、道で小さな卵の殻を見つけたそうです。恐らくそれがふじこの卵だったのではと言っていました。
 苦手なハトとはいえ、やはり生きていく厳しさを身をもって知らされた気がしました。とはいえ、ふじこもまさかあそこで丸見えにされるとは思っていなかったと思うし、それが間接的にもうちのせいかと思うと、さすがに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。安全なところに卵を移したりは恐らく鳥には無理だと思うし、3つあったらしい卵は恐らくカラスにやられたのでしょう。
 本来ならとても生きてはいけない赤ちゃんが半年以上も保育器で育てられる人間と、自分ですべてをやらなければならない鳥たち、余りにもの違いは、やはり彼らが弱そうに見えて、実は私たち人間よりずっとずっと強いんだということを改めて思い知らされました。
 また来てねとは言えないけれど、せめてふじこがまたどこかで元気に暮らしていってくれることを祈ります。
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今年も来ました!?

 9月になるというのに、また暑い日が続いていますね。今年は床屋さんをしたし、いつもの時期に姿を見ないのできっと来ないのだろうと安心していたら、やはり来ました、やつが。そうです。以前、デビルとして紹介した桜の木につく毛虫のことです。
 去年まではその余りにもすごい見かけに、名前が分からなくてもデビルでいい!と思っていましたが、久しぶりにネットで調べたら、とうとうデビルの正体が分かったのです。やつの名前はモンクロシャチホコ。またの名をサクラケムシというそうですが、そんな桜を冠する名など与えたくはありません。我が家はここ何年かの付き合いですが、どうも以前から桜の葉を食べつくす毛虫として知られていたようですね。恐らくここより暖かいところから北上してきたのではないでしょうか。
 とにもかくにもちょっと遅れてやってきた、我が家にとってのやはりデビルは、桜の葉を上部から食べ始めています。発見したその日にまだ幼虫がたくさんついている枝を落として、食事中のやつらを何匹が下に落としたせいか、ちょっと侵食は遅れているようです、が、やはりしっかりとふんを落としているので、どこかで生きているはずです。それにしても不思議なもので、本当は絶対いてほしくないやつらなのに、今年はやはり地震のせいか、いつもと違う自然現象があるととても不安になります。それが放射能の影響だったりしたら、それは不安どころか恐怖です。さすがに私の住んでいるあたりはそこまではないと思いますが、色づいた稲の穂を見ても、うれしい気持ちと不安な気持ちが入り混じる複雑な思いがあります。
 とはいえ、9月の終わりになると毛虫のままさなぎとして土にもぐるらしい彼らは、恐らくまたそうして来年の子孫を作るべく活動に入るのでしょう。そして、今年活動しているやつらも、もしかして土の中であの大地震を経験したのかと思うと、ちょっと不思議な連帯感が、おっと、そんなことを言ってるとまた葉っぱをやられてしまいますね。とにかく見つけたらお薬をかけるしかないそうなので、来年はもう少し前から準備をしてやつらと戦っていこうと思います。
 せっかくのいのちですが、やはりそれぞれの役割を果たすべく、やるべきことはやる、ですね。

夏が終わる

DSCN1647(西ノ湖)
 今日は8月の終わり。いろんなことがあった夏が過ぎ去ろうとしています。今年は節電しなくてはいけないというのにいきなりの猛暑。でも途中で台風があったり低気圧がいすわったりと、なんだかんだとみんなもがんばって、何とか乗り切ることができたようです。今年は夏の暑さを避けるため、かねてからのあこがれであった日光に滞在することを決行することができました。とはいってもたったの2泊ですけど(汗)。
 ちょうどお盆の後、低気圧がやってきたときに行ってしまったので、下も暑くはなかったのですが、日光もとても涼しく、夜は冷えるほどでした。何より涼しく静かな場所で集中して趣味の刺繍など楽しみつつ、温泉、ハイキングと短いながらもぜいたくな時間を過ごすことができました。
 写真は、いつも日光に泊まると訪れる西ノ湖という湖です。いつもは水が少なく、遠くのほうに水溜りのようにしか見えないのに、今年は台風後の雨に始まりずっと夕方には雷雨があったようで、何といつも池のような湖が本当に湖になっていました!?普段はこの杭が左右に打ってあり、そこでお弁当を広げるのですが、今年は座るところがなく、立って食べました。
 それにしてもこうやって私たちの都合とは関係なく、雨が降れば水がたまり、池となり湖となり、水が枯れればまた小さな池に戻るというこの繰り返しを何千回、何万回としてきた自然を見て、なぜか途方もない、でもとても力強いものを感じました。残念ながら地震や津波も繰り返し私たちを苦しめ、でもそのたびに私たちは立ち上がってきたのです。今はまだその渦中にあるので振り返るなんて難しいですが、私たちはこうした時間の流れの中にたまたま身を置いているんですね。ここ西ノ湖にやってくる鹿や熊は、多分水が多いなということだけで、それだけを自分の生活の大事な情報として暮らしているだけなんでしょう。私たちはそんな自然の端っこに存在しているに過ぎないのです。そのことをよく頭に入れて、自然に対しておごることなく暮らしていくことが、少なくとも少しは私たち人類の社会が長く続くコツなのではないかと思います。

幸せもの

 朝から重たい湿気を含んだ空気の中、今日は近くの小学校で職業体験としての音楽演奏ということで、演奏とお話をしてきました。まずは、久しぶりに入る学校の音楽室にちょっと懐かしい気持ちを覚えました。
 今日のお客様(?)は小学校4年生。いろんな職業の中から音楽演奏を選んでくれた生徒さんたちは、まだ夏休み中の朝というのに、やはり真剣に参加してくれました。写真がないのが残念です。
 今回、職業としての音楽を紹介したのですが、改めて考えてみると、自分が一体どんなことをしているのか、やりたいこと、伝えたいことは何なのかを見直してみる機会にもなりました。音楽を仕事としてとらえるのは、やはりお金をいただいたり、お願いされて演奏するときで、そのほかは自分の好きなこととして音楽とかかわっているので、仕事として、つまり生活を支えるということで考えると、音楽はとても厳しいものということになってしまいます。ただ、子供たちにはそういうネガティブな面ではなく、音楽、今回は特に演奏に限っての仕事に少しでもポジティブな興味を持ってもらうためにいろいろ考えました。
 音楽をやっていて何が辛いかというと、お金がもらえなくても、ものすごく高額なギャラをいただいても、私たちは基本的に同じ姿勢で向き合っているということなのです。そのプロセスには、曲を選んだり、構成を考えたり、そしてあとはもちろん練習ということが出てくるのですが、そこにお金が絡むと、やはり人間として情けないのですが、多少の色気が出てしまうのです。ただそれは、自分でも意外なほど些細な部分で、やはり実際の演奏で得たものはそういうことではない部分が多いのです。
 今回も、ただ楽しんでもらうということではなく、お話をして、体験をしてもらうという、短い時間で盛りだくさんの内容でした。普段の演奏で楽しんでいただくというほかに、楽器を触ってもらったり、一緒に演奏したりという忙しい部分がありました。
 普通の演奏会では、音楽演奏による流れがあって、それを壊さないように演奏も考えていくのですが、今日難しかったのは、いろんな作業によってその辺がごちゃごちゃしないようにすることでした。一連の流れとして演奏会を実際に体験してもらいながら、自分たちも演奏者として参加してもらうという、今はやりの体験型というのでしょうか。
 でも実際に楽器を身近で見て、そして楽器を持って音を出した子供たちは、本当に興味津々でした。まだ10年そこらしか生きていない彼らが、生で楽器に触れるという機会はやはり貴重だったのかと思うと、それだけでも来てよかったのかなと思いました。
 もちろん仕事としてどんなふうに音楽が伝わったのか、最後の感想ではやはり、楽器に触れられてよかったというのが多かったので、私が一生懸命しゃべったことはもしかして瞬間的に泡と消えたのかもしれませんが、とりあえず音楽に近づくということは多少なりとも達成できたのかなと思っています。
 何はともあれ、ほんの一瞬でも、自分にも他人にも充実感を与えることができる音楽を選んだ自分は、本当に幸せものだと思いました。

夏の魔法

TS380076(花火)
 またまたご無沙汰しているうちに8月も半ばになってしまいました。ちかごろ、余りにもいろいろ釈然としないというか、気づくとため息をついてしまうようなことが多く、ブログを書こうと思っても余り楽しくなる話題が見つからず、ついついサボっていました。
 さて、ちょっとボケボケですが、夕べ、熊谷の花火大会に行ってきた写真です。実は、途中打ち上げ場所で火事が発生し、途中1時間も中断してしまい、また楽しみにしていた花火業者のスターマインコンクールが中止になってしまいました。火事の間、まるで違うイベントに来てしまったようなすごい事態に、正直気持ちが集中できなくなったことは事実です。でも、今回は震災の復興の願いも込めていたので、何とか無事再開できてよかったです。来場者もあまり帰ってしまった人もなく、みんな辛抱強く待っていました。やはり、夏の大事なイベント、たくさんの人ごみを重い荷物を持ってやってきて、やっと始まった花火を簡単にあきらめるわけにはいきませんよね。
 途中、花火を上手に携帯で撮影していた人がいたので、私もやってみました。でもきれいに見えた瞬間に撮っても、それはもう遅く、こんなふうに爆発(?)する瞬間に合わせてシャッターを押さないと、きれいな円の状態で撮ることはできませんでした。でも、やはりこんな瞬間を楽しめるなんて、やはり夏ならではのぜいたくだと思います。例えプログラムが短くなっても、美しく開いたあっという間に消えていく花火は、私たちの心になんともいえない切ないような、はかないような、でもしっかりと美しいものを残してくれるんですね。これがやはり、暑い季節でなければだめなんです。
 夕べは途中中断したために、下にいた月がゆっくりと上がってきて、だんだんと花火の中に入ってきました。左下に小さく見える小さな点が、途中から私もお手伝いするわと参加してくれた夕べの月です。
 そしてこの花火が終わり、お盆も送りを過ぎると、また秋がやってくるのです。

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